東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1566号 判決 1983年3月25日
原告 東陽企業株式会社
右代表者代表取締役 本多清光
右訴訟代理人弁護士 大隅乙郎
被告 株式会社 土屋
右代表者代表取締役 土屋義之
<ほか二名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 松本義信
右訴訟復代理人弁護士 渡邊邦守
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告株式会社土屋は、原告に対し、金一六〇万二八〇〇円及びこれに対する昭和五五年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告松久株式会社は、原告に対し、金三六七万三二七四円及び内金二五一万三一三三円に対する昭和五五年三月七日から、内金一一六万一四一円に対する昭和五六年一二月二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告株式会社白亞は、原告に対し、金五七七万九四円及びこれに対する昭和五五年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四五年九月七日、被告株式会社土屋(以下「被告土屋」という。)との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき次のとおり賃貸借契約を締結した。
(一) 賃料 一か月 四二万九三〇〇円
内訳 地下一階 四〇・七九坪
(坪八〇〇〇円) 三二万六三〇〇円
地下二階 一七・一八坪
(坪六〇〇〇円) 一〇万三〇〇〇円
(二) 期間 昭和四五年九月七日から
昭和四八年九月六日まで
2 被告松久株式会社(以下「被告松久」という。)は、昭和四七年五月二日、被告株式会社土屋から本件建物を買い受け、賃貸人の地位を承継した。
また、原告は、昭和四八年九月七日、被告松久との間で、本件建物につき次のとおり賃貸借契約を締結した。
(一) 賃料 一か月 五五万二六三〇円
内訳 地下一階 四一坪
(坪一万円) 四一万円
地下二階 一六・九七坪
(坪八四〇五円) 一四万二六三〇円
(二) 期間 昭和四八年九月七日から
昭和五一年九月六日まで
3 被告株式会社白亞(以下「被告白亞」という。)は、昭和五〇年八月一日、被告松久から本件建物を買い受け、賃貸人の地位を承継した。
その後、右賃料は次のとおり増額された。
(1) 昭和五一年九月八日
賃料 一か月 六〇万三七三〇円
内訳 地下一階 四一坪
(坪一万一〇〇〇円) 四五万一〇〇〇円
地下二階 一六・九七坪
(坪九〇〇〇円) 一五万二七三〇円
(2) 昭和五二年九月八日
賃料 一か月 六二万四二三〇円
内訳 地下一階 四一坪
(坪一万一五〇〇円) 四七万一五〇〇円
地下二階 一六・九七坪
(坪九〇〇〇円) 一五万二七三〇円
(3) 昭和五四年九月八日
賃料 一か月 六五万三二一五円
内訳 地下一階 四一坪
(坪一万二〇〇〇円) 四九万二〇〇〇円
地下二階 一六・九七坪
(坪九五〇〇円) 一六万一二一五円
4 右各賃貸借契約(以下「本件各契約」という。)は、いずれも賃貸部分の面積について数量を指示してなされたものである。
すなわち、本件各契約の賃料及び保証金は、前記の各面積を基礎に算出されており、また契約書にも賃貸借物件についてその面積を明示して特定表示している。したがって、これが数量を指示してなされたものであることは明らかである。
5 しかるに、原告が賃借した部分の面積は、地下一階、一一一・二一平方メートル(三三・六三坪)、地下二階四四・二二平方メートル(一三・三七坪)にすぎない。
6 原告は、右面積の不足を知らずに前記の各賃料を支払ってきたところ、右のとおり数量が不足していることにより、不足部分に対応する賃料額(不足面積に単価を乗じたもの)相当の損害を蒙ったものであり、これを各被告について計算すると別紙のとおり、被告土屋については一六〇万二八〇〇円、被告松久については三六七万三二七四円、被告白亞については五七七万九四円となる。
7 よって、原告は、数量指示賃貸借の数量不足による損害賠償請求権に基づき、被告土屋に対し金一六〇万二八〇〇円、被告松久に対し金三六七万三二七四円、被告白亞に対し金五七七万九四円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年三月七日から(但し、被告松久に対しての内金一一六万一四一円については、同被告に対する請求を拡張した昭和五六年一二月一日付請求の趣旨訂正申立書送達の日の翌日である昭和五六年一二月二日から)各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実のうち、賃貸部分については否認し、その余は認める。
被告らは、原告に対して原告主張の範囲を専用賃貸部分として賃貸したが、その他にも、地下一階については残りの部分全部を、地下二階については別紙物件目録添付図面二の青線に囲まれた部分を、共用部分として賃貸したものである。
2 同4の事実は否認する。
本件各契約の賃料は、地下一階についてはその建築面積を、地下二階については原告の専用賃借部分の面積に、同階の共用部分の面積を各専用部分の面積に応じて按分したものを加算してえたものを、それぞれ基準として算出されたものである。
3 同5の事実は認める。
4 同6について、原告が面積の不足を知らなかったことは否認し、原告が本件各契約の賃料を支払ったことは認め、その余は争う。
三 抗弁
1 権利濫用
原告は、賃借建物においてキャバレーを経営し、その間一二年を通じて盛業をほこり、賃貸借契約終了後において本件の如き請求をなすのは権利の濫用である。
2 時効
本件各賃貸借契約は商行為に該当するところ、被告土屋に対する請求及び被告松久に対する請求中、昭和五〇年二月以前に支払われた部分については、いずれも原告が損害を蒙った時からすでに五年を経過しているので、同被告らは右時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
2 同2は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の事実は、賃貸部分を除いて当事者間に争いがない。
そこで、本件各契約の賃貸部分について判断するに、原告主張の別紙物件目録記載の建物部分を原告が専用賃貸部分として賃借したものであることは被告らも認めるところであるが、さらに他に共用部分として原告に賃貸した部分がある旨の被告らの主張については、《証拠省略》によれば、これらの部分は原告が独占的に使用できるものではなく、被告白亞も右共用部分に原告が置いていた荷物を撤去するよう再三原告に申し入れていたことが認められ、これらの事実に照らせば右共用部分が原告に賃貸されたものと解することはできず、結局、本件各契約の賃貸部分は原告主張の前記部分であると認められる。
二 そこで、請求原因4のとおり、本件各契約が数量指示賃貸借にあたるか否かについて検討する。
1 前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、
原告は、本件建物のもと所有者であった林田観光株式会社(以下「林田観光」という。)から昭和四二年に原告主張の部分を賃借して以来、賃貸人は本件建物の譲渡に伴い、林田観光から被告土屋、同松久、同白亞と順次交替したが、原告が昭和五四年一〇月に退去するまでの間その場所範囲を全く変更することなく賃借、使用してきたものであること、
本件建物の地下一階は、原告の賃借した店舗部分が大部分を占め、その外にはエレベータとエレベーターホール、および地下二階への階段とからなっており、右店舗部分とそれ以外の共用部分とは截然と区画され、店舗へは地上から専用の階段(この部分は原告の専用使用部分で賃借範囲に入る。)を通って出入りする構造で、恰かも地下一階の全フロアーを原告が借り切ったような形で、原告は右店舗部分で「星座」という名称の飲食店を経営し、地下二階は右営業のための事務室と従業員用の更衣室・化粧室に使用し、地下一、二階を一体として使用していたこと、
林田観光は賃借人勧誘のために「貸店舗ごあんない」とこれに添付の「貸室一覧表」を作成したが、これらによれば、原告の賃借部分の坪数について、地下一階は四〇・七九坪、地下二階は一七・一八坪と表示され、保証金及び賃料も右坪数に基づき、これに単価を乗じて定められているが、同時に各階の平面図と面積が記載されていて地下一階についてはその総面積が一三四・六一八平方メートルである旨が明示されていること、
被告土屋においても、右と同様に「貸店舗ごあんない」及び「貸室一覧表」が作成され、これらにも同様の記載がなされていること、
また、原告と被告土屋との間において作成された昭和四五年九月七日付の契約書には、賃料は一か月四二万九三〇〇円とされ、物件の表示として「地下一・二階計五七・九九坪」とのみ記載されていること、
原告と被告松久との間において作成された昭和四八年九月七日付の契約書には、物件の表示として「地下一階一三五・五三平方メートル(四一坪)、地下二階五六・〇九平方メートル(一六・九九坪)」と記載され、賃料については一か月五五万二六三〇円とされているが、その明細として、地下一階・一万円、地下二階・八四〇五円の坪当たりの単価に右各坪数を乗じて得たものである旨が明示されているが、その際従前の地下一階四〇・七九坪地下二階一七・一八坪の面積に基づいていたものを右のとおりに変更したのは、両者間で賃料増額の交渉がなされる過程において、単価の高い地下一階の部分の面積の端数を切り上げて四一坪とし、その分地下二階の面積を減じ、その数値をもとに賃料を算出することで両者が妥協するに至ったためであること、
さらに、原告代表者の本多清光は、林田観光から本件建物を賃借し、使用を開始した当初から、面積が不足しているのではないからと考えていたが、賃貸人にこれを問い正すこともなく、昭和五四年七月に、本件建物の賃借権を譲渡するために室内を測量してほぼ正確な面積を算出し、実測面積が前記の面積を大幅に下回ることが明確になったこと以上の各事実が認められる。
2 ところで、「数量を指示してなした賃貸借」というには、当事者が目的物件が実際に有する面積を確保するため、賃貸人が契約において一定の面積のあることを表示し、かつこれを基礎として賃料等の定められたものであることを要すると解されるところ、前記認定の事実、殊に林田観光、被告土屋の各「貸店舗ごあんない」及び「貸室一覧表」には、坪数が表示されてこれを基礎に保証金及び賃料が算出されているけれども、同時に地下一階の総面積は一三四・六一八平方メートル(約四〇・七九坪)であることが明示されているのであるから、地下一階部分の賃料算出の基礎とされているのは共用部分をも含めた同階全体の面積であることが極めて明らかであったこと、また昭和四八年九月七日に原告と被告松久との間において賃貸借契約が締結された際に、賃貸部分に何らの変更もないのに、専ら賃料決定のための観点から、わずかながらも地下一階部分と地下二階部分の面積が変更されていること、さらに原告代表者の本多清光は、本件各契約締結の以前から本件建物の面積が表示されたところよりも少ないのではないかと考えていながら、終始何らの異議もなく、本件各契約を締結し、本件建物を使用してきたこと、等の事実に徴すれば、本件各契約において、原告主張のような面積を基準として賃料等が算出されていたとしても、各契約当事者にとって右面積が本件各契約の重要な要素とされたものでないことは明らかであるから、右表示は原告の賃借部分が実際に右面積を有することを確保するためになされたものとは到底認め難く、むしろ賃料算出のための一応の基準として表示されたものにすぎないものというべきである。そして、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
三 そうすると、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田潤 裁判官 萩尾保繁 佐村浩之)
<以下省略>